元Z会講師の京大出身経営者が教える勉強法

偏差値80&京大模試総合4位&英検1級の京大出身経営者が、最高に効率の良い勉強法を教えます

学歴を手に入れてもそこまで人生は変わらない

いま必死に勉強している皆さんには「やる気をそぐ話」ですが、残念ながら一流大学に行ったところでそこまで皆さんの人生の幸福度は変わりません。(ちなみに私はこのブログで今後もこういった話をいくつかしてきますから、こういった不都合な真実について聞きたくない人は私のブログをフォローしないことをお勧めします)

 

理由は単純です。

 

基本的に皆さんは「偏差値」といった定量的な世界で生きています。

 

定量的」というのは、年収や偏差値といった数字で表現できるものです。

 

こういった「比べやすい指標」というのは「底なし沼」です。

 

なぜならば、「上には必ず上がいるから」です。

 

例えば、もし皆さんが地方の全然進学校じゃない高校からどうしても早稲田大学に行きたい生徒だとして、もし早稲田に合格したら皆さんは非常に幸せでしょう。

 

しかし、その幸福感というのは長く続くものではありません。

 

なぜならば、早稲田に来たら早稲田に来たで、今度は政治経済学部を頂点に厳然としたヒエラルキーがあるからです。


無名高校から早稲田の商学部教育学部に行ったところで、当然早稲田というコミュニティーにおいてはそこまで大きい顔はできません。

 

またひとたび早稲田に入ったら、基準が「早稲田基準」になります。

 

そうなると、就職先から進路まで比べる相手が早稲田基準ですから、「ちょっといい企業」に行ったところで、そんなのは早稲田基準では褒められたものではありません。

 

また、早稲田や慶応は地方の無名高の人からしてみたら「すごい大学」かもしれませんが、所詮上には上があります。

 

早稲田や慶応よりは当然東大や京大が遥かに上です。

 

東京のそれなりのコミュニティにいたら早稲田慶応出身者が「私は早稲田(慶応)です」とドヤ顔をしたところで、「私、ホモサピエンスです」という程度の意味合いしかありません。

 

「田舎にいた時に昔の友達」からは「早稲田すげー」と礼賛されても、自分の周りのコミュニティでは早稲田慶応などなんて事はありません。

 

当たり前ですがチヤホヤされるなどということも全くありません。

 

では東大や京大に行けば変わるのか?

 

そんなこともありません。

 

当然東大や京大に行けば、基準は東大基準、京大基準。

 

また、そもそも細かいことを言えば、やはり京大よりは東大が上です。

 

私もそうですが、関西圏にいるから(東大に受かる成績で)あえて京大を選ぶ人間ももちろんいますけど、やはり世間のヒエラルキーでは東大と京大には明らかな差があります。

 

じゃあ東大に行けばいいのか?

 

東大は東大で、理科3類、文科1類がヒエラルキーとしては上で、ホリエモンのいた文科3類など東大ではクズ扱いです。

 

じゃあ東大法学部に行けばいいのか?

 

東大法学部に行ったら東大法学部に行ったで、今度は「どこの省庁に行くのか?」、「4大事務所に行けるのか?」といったもはや他の人にはわからない小さい小さいヒエラルキーがあります。

 

もうそろそろ皆さんもお分かりでしょう。笑

 

偏差値や進路といった定量的な世界で幸せになろうと思っても限度があります。

 

皆さんはまさか一流大学に行ったら人生が変わるなんて思っていないと思いますが、もしそう思ってるとしたらこれは大きな勘違いだと思ってください。

 

一流大学に行けば「人生がちょっと良くなる」ことはあっても「自分の中の主観的な満足度」はどこの大学に行っても大して変わりません。

 

それは上に述べたように、結局偏差値が高い大学に行けば行くほど、結局「比べる対象」がどんどんどんどん上がっていくだけだからです。


「そんなこと言ったって東大や早稲田に行けば一番低い学部に行ったって幸せだろう」と皆さんは思うかもしれません。


しかし、それはちょっと想像力がなさすぎます。


皆さんは蛇口から水が出ることに幸せを感じるでしょうか?


おそらく感じる人は一人もいないでしょう。


なぜならば、それは現代の日本人にとって「蛇口から水が出ること」はデフォルトであり当たり前だからです。


しかし、国や時代が変われば、「蛇口をひねっただけできれいな水が出る」ことに幸福を感じる人もいるわけです。


それでも皆さんは蛇口からきれいな水が出ることに感動を感じない。


そうなのであれば、東大や早慶に行ったところで、みなさんはその状態に「慣れ」ます。


蛇口から水が出ても感動しないように、東大生や慶応生であるという状態は、デフォルトになってしまうでしょう。


「幸福」というのは多分に「気分」です。

 

ちなみに、私は現在代官山と港区のウォーターフロントにタワーマンションを2つ借りているのですが、港区のタワーマンションというのは、一般人からしてみると「羨望の眼差し」で見られる小道具でしょう。

 

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たしかに、こういった世界は「手に入れてない人」から見るとものすごくうらやましいものなのでしょう。

 

しかし、港区のタワーマンションに一度住んでしまえば、「基準」が変わります。

 

年収1000万円程度では、港区のタワーマンション在住の人間のコミュニティでは「底辺」と言って差し支えないでしょう。

 

こういったタワーマンションの中のコミュニティで「いかに自分の方が良い生活をしているか」で競っている頭の悪い女性がうちのマンションにはよくいますが、結局これも偏差値と一緒で「底なし沼」だと自覚したほうがいいでしょう。

 

私はそういった馬鹿らしさもわかってる上で住んでいるので、特に感情的に乱されることはないですが、頭のよろしくない奥様方は「相対評価の罠」で悶々としています。

 

彼女たちも独身時代には「一握りの結婚の成功者」だったと思います。

 

私は非常にくだらないと思ってますけど、東京の港区あたりにいる女性から見ると「お金持ちと結婚してタワーマンションに住む」のは女としての成功の象徴のようです。

 

しかし、上に出てきた「田舎から早稲田に行った人」と一緒で、「上のステージ」にひとたび進んでしまえば、結局勝負するのは自分の身近な人間ですから、タワーマンションに住んでるような人間の中でさらに「どちらが良い生活をしているか」などを競うことになるわけで、年収1000万程度では全然周りに自慢できないわけです。

 

OL時代は「年収1000万円の人と結婚してタワーマンションに住みたい」と願っていたかもしれませんが、残念ながら「結婚してから所属している自分のコミュニティ」では「年収1000万円でタワーマンション在住」は「私はホモサピエンスである」というのと同じ位全く意味がないステータスです。

 

話を勉強に戻しますが。

 

日本や韓国のように偏差値と言う数字で上から順番に並んでる制度である限り、みなさんは「完全に勝利する」ことは不可能です。

 

ブログの説明にも書いてあるように、私は京大オープンや早大プレなどで総合順位ヒトケタにランクインしましたが、それでも上には2,3人いました。

 

東大志望者で京大模試を受験しない層もたくさんいますから、私などおそらく文系の同世代で30番位でしょうし、理系も入れたら250番くらいでしょう。

 

ああ、情けない。(まぁ、それでも東大や京大の定員は3000人もいるから医学部以外なら余裕で受かってしまうわけですが。笑)

 

必死に努力しても、どうやったって勝てない人がいるわけです。

 

タワーマンションに住んでいると言っても、所詮スーパーな金持ちはそもそもタワーマンションなんかに住みませんから、「たかが知れてる」わけです。

 

いろいろな具体例を出してきましたが、私が言いたい事は1つです。

 

定量的な相対評価の世界である限り、自分より上に人がいない事はあり得ません。

 

そういった「比較」で人に勝つことに幸福を求めている限り、あなたは幸せになることはできません。

 

受験勉強で頑張って結果を出す事はそれなりに価値があることです。

 

しかし、所詮「勉強ができるだけ」ですし、あなたよりできる人は必ず何百人、何千人もいます。

 

そういった限界もわきまえた上で、「それでもがんばってみよう」という気概は大切ですが、「受験勉強などその程度のもの」という謙虚な気持ちは忘れないでください。